• vol.1287 仏ルネッサンスと南仏リヨン

    2020.4.30

    ◆フランスにおけるルネッサンス

    ・ルネッサンスの巨匠のひとりである、レオナルドダヴィンチは、晩年イタリアでのパトロンを失い、仏のフランソワ1世に招かれたのが1516年。 この時ダヴィンチの年齢は64歳。 居城も与えられ安心したのも束の間、ダヴィンチの余生は3年で終わってしまいます。 彼が最後まで手放さなかったというモナリザの絵。 遺言でフランソワ王に寄贈されたことでフランスの至宝となり、現在ルーブル美術館に飾られている話は、有名な話ですね。

     

     

    ダヴィンチを招聘したフランソワ1世<1515-1547>は、文学や芸術の熱心な保護者として、フランスのルネサンスを支援した王として知られています。  それ以前のルイ11世<1461~1483>は、リヨンで織物産業を普及させたり、鉱山を開発する等、産業政策を行っていますし、次の王であるシャルル8世<1483~1498>は、イタリア遠征をおこない、イタリアの芸術と文化に傾倒し、家具や美術品等とともに建築家、彫刻家、造園家等を連れ帰り、アンボワーズ城の改築を実施。 これらが後にフランソワ1世に引き継がれ、フランス・ルネサンス文化の開花につながっていきます。

     

     

    ここに一枚の絵をご紹介します。 絵の下の説明によれば「王の宮廷, フランソワ1世: 1540年頃」とあり、 王の頭上の天蓋にはフリンジとタッセル飾りを見ることができます。図出展: 『La Passementerie』P133.

    やはりイタリアルネッサンス愛好者だったフランソワ1世の頃には、明らかにタッセル等の飾りが使われるようになっています。 また、私が持っているフランスの書籍の1ページに「Évolution de certains éléments de passementerie」(パスマントリー特定の要素の進化)というページがありますが、やはりルネッサンスからの説明が始まっていて、これについてはまた別のコラムでご紹介したいと思います。

     

     

     

     

     

     

     

    ◆ バロック様式とルイ14世

    ・ルネサンス様式の均整のとれた美しさに対して、17世紀に主流となったのは、豪壮さや華麗さを競うバロック様式に変化していきます。 建築で代表的なバロック建築と言えば、あのルイ14世が建造を指示したヴェルサイユ宮殿が典型的な建築で、その名を知らない人はいないと思います。

     

    ・ルイ14世は、年に2回季節毎に壁布とカーテンを新調することを室内装飾の規範とします。ちなみに春夏は絹織物、秋冬はビロードが採用されている。 王宮からの膨大な需要は、フランスのシルク産業を活気づけたことはいうまでにない。(『インテリアの歴史』本田栄二著, p220)  確かに王以外にも当時の宮殿には、4,000~5,000人の貴族が暮らしていたと言いますから、その消費量たるや膨大な数だったことは容易に想像されます。

     

    ・17世紀中頃まで室内装飾用の織物等は、フィレンツェに発注しています。 しかし、ルイ14世の下で活躍した財務総監コルベールは、宮殿で使うテキスタイルをフランスのシルク産業振興のために、パリとリヨンの織物業者に発注します。 養蚕業を積極的に助成した結果、イタリアを凌ぎ世界の中心的生産地となります。 宮殿を訪問した各国の王室はこれを見て、自分の宮殿で使うための織物をフランスに大量に発注し、コルベールの政策は見事に成功します。 (『インテリアの歴史』本田栄二著, p219)

    ・今でもリヨンの旧市街では、当時の絹織物を作っていた職人の工房跡を見ることができます。2013年コラム→★

     

     

    ◆ ファッションに見られるパスマントリー

    フランスの王朝文化が爛熟したのは、ルイ14世が自ら政治を行った1661年から、フランス革命までの128年間です。 王朝文化はルイ14世没後、ルイ15世、ルイ16世と続いていきますが、この絶対王政が確立されたブルボン王朝です。 後、次第に芸術文化もロココ様式へと変わっていきますが。 この時代は皆さんお馴染みのルイ15世の公妾ポンパドゥール夫人、ルイ16世王妃マリーアントワネットなど、ファッションリーダーとしての活躍ですね。 彼女たちのドレスには、沢山のリボンやレース等に飾られ、マリーアントワネットドレスのスカートには、フェストーン風仕立のひだの中間には金色のタッセルが、そしてスカート裾にはフリンジまでもが付いてます。 飾り立て過ぎ~<苦笑>。 パスマントリーの工房は昔から洋服につけるリボンなどの飾りも作っていたのです。 蛇足ですが、さまざまなカーテンのスタイルが生み出された源流は、実はこのようなファッションがもとになっています。

     

    ・3枚の写真で確認してみましょう。 1枚目はルイ14世です。 『ブルボン王朝12の物語』(中野京子著,)がルイ14世の絵について説明している思わず笑ってしまう箇所があり、是非ご紹介したいと思います。

    「当時ルイは63歳。いくぶん背の低いのがコンプレックスだが、そこは雲を突くばかりのモジャモジャかつらと真っ赤なリボン付きハイヒールで、優に20cmはごまかせる。 若き日にバレエで鍛えた足もいまだ形の良さを保っている。 この時代、脚線美は男性のものだった。 財務長官コルベールが設立した王立マニュファクチャー謹製の絹靴下をはき、最高級レースのクラヴァット(ネクタイの先祖)を巻き、儀式用マントをはおっている。 そのマントを方のところからわざわざ折り返すのは、高価な裏地の白テンの毛皮(アーミン)を見せつけるためだ。 表地にユリの花を金糸で刺繍してある。 同じ生地と模様の椅子の背や、王冠を乗せたクッション(タッセル付 ーここは書いてませんが)、テーブルのカバーにも使われている」(中野, P76~P78)    もちろん、カーテンにもばっちりタッセルが下がってます。

     

    「マリーアントワネット」 ヴィジェ・ルブラン作, ヴェルサイユ宮殿

    ポンパドール夫人、フランソワ・ブーシェ作, The Wallace collection, London

     

    次回に続く・・・・。

     

     

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